—約30年前にオレたちがたどり着いた「まち」は、確かに存在していたはずなのに。

作品概要
1997年夏。
小学6年生の直哉は、クラスメイトのしげちゃんとリサを巻き込み、「家出」と称して秘密の冒険の旅に出た。
学校近くをいつも徘徊する“ミチババア”から受け取ったボロボロの宝の地図を頼りに、性格も個性もバラバラな三人組はそれぞれの思いを胸に宝を目指す。正確な鉄道情報を元にした計画も現実の冒険では果たして役に立つのか、子どもだけの旅路はスリリングなことばかり。
都内の団地に住む平成初期の子どもたちが触れる、夜行快速「ムーンライトえちご」を始めとした鉄道、閑散とした田舎町、ラジオのチューニングを合わせたり、公衆電話で電話をかけたり…誰もが懐かしむ景色やアイテムが物語を彩る。
ノスタルジックな90年代の空気の中で、地図に導かれた子供たちは、友情、裏切り、そして隠された「記憶」を知る、長く忘れられない夏へと足を踏み入れていく。地図の秘密とミチババアの正体とは一体――
そして現在。大人になった直哉は、記憶だけを頼りにかつて訪れた“まち”を探すのだが…。
各話目次
prologue オレの記憶 >
第1話 冒険の仲間たち >
第2話 作戦会議 >
ーーcontinued
更新情報
【現在連載中】
次回更新は11月上旬の予定です。
2025.10.24 第2話公開
2025.10.24 第1話公開
2025.10.23 prologue公開
2025.10.23 作品インデックス公開
主要登場人物
- 直哉:サッカーとゲームが大好きな小学6年生。勉強は苦手だけど、明るくて元気いっぱい。友達と過ごす毎日も楽しいと感じるも、常に何かとんでもないことが起こらないかと期待している。
- しげちゃん:直哉のクラスメイト。メガネをかけた、大人しくていかにも真面目な知性派の男の子。中学受験のために塾に通っている。論理的に物事を解明する思考力が彼の最大の個性。鉄道が好き。
- リサ:直哉のクラスメイト。一見クールな女子であまり友達がいないが、イタズラ好きな面もある。口喧嘩も物理的な喧嘩でも、負けたことがないらしく、腕相撲で「殿堂入りのチャンピオン」と呼ばれるほどの圧倒的な強さと、周囲を威圧する存在感がある。
- ミチババア:学校の近所にどこからともなく現れ不可解な行動をする謎のおばあさん。得体はしれないが地元ではみんなその存在を知る、いわゆる名物ババア。
- 直哉の兄:直哉より5歳年上の兄。地元の高校に通っていて、近くのガソリンスタンドでアルバイトをしている。弟の冒険を信頼しつつ見守る、責任感と優しさを持った人物。
かめいノート(作品の裏側)
平成のノスタルジックな雰囲気がたまらなくて、今回は、中でも平成初期にスポットを当てて懐かしさを楽しみながら描きます。
執筆のきっかけ
子どもの頃に読んだ「僕たちの家出」という児童書のことを思い出したことがきっかけでした。
小学生の男女3人が、担任の先生の話をきっかけにして、それぞれの理由で家出をする物語です。 当時その本を読んだ私は、冒険や非日常に大変憧れました。
とても感銘を受けて大好きな話でしたが、断片的にしか内容を覚えていないのでもう一度読みたいと探しました。 しかし今では絶版になっており、再び読むのは難しくなってしまいました。そんな背景があり、かつて小学生だった自分が「小学生の家出」を大人の視点で描くならどんな物語になるだろうと紡いだ作品です。
作品のこだわり
フィクションだけど、ノンフィクションも
史実になるべく沿うように資料をたくさん漁りました。インターネットの情報はもちろんですが、物語に関係ある書籍を深く読んでいるときは、主人公たちの仲間に入れてもらったかのようなワクワク感がありました。 実在の地名に沿って冒険の道が開かれていき、最終的な目的地はフィクションですが、まるで本当に存在しているかのような印象にするためにノンフィクションをたくさん織り交ぜるようにしました。
鉄道
特に、作者も大好きな鉄道に関しては、当時の時刻表の雑誌をもとに時刻設定もきちんと練っていき、この季節のこの時間だと車窓からはどんな景色なんだろうと、調べられる部分は念入りに、想像力もフル回転です。実際のムーンライトに乗ったときの高揚感もリアルに再現したいな、と思ってムーンライトシリーズをどこかに登場させられないかなと思いながらモデルの地域を決めました。
子どもの頃の記憶
自分が小学生の頃ってどんなことを考えていたっけ、夏休みってどんな生活だったっけ…とかそんなことも思い出しながらかいていきました。あの時代に存在していたものとか、大切にしていたものとか。日常生活がある中に、非日常が舞い込んでくるギャップを表現したくて、あの頃のリアルな感情を呼び起こすような構成にしました。 また、平成初期って、ネットの情報もまだまだ頼りなくて、情報を得るためには現代とは全く違う方法を取るしかなかった。 そんな時代を経ながら、現代では本当にスマホが便利で、スマホなしの生活にはもう戻れないですよね。
東京にはない、田舎の雰囲気
田舎の雰囲気って、現代であってもノスタルジーを感じますよね。見知らぬおじいちゃんおばあちゃんなのに、なぜか懐かしい感じがしたり。個人的にかもしれませんが、東北のほうの話し方は、特にDNAに組み込まれているかのような懐かしさを覚えます。
「今はもうない。かつてあった」懐かしさ
昔はあったのに、今はそういえばないなというもの、結構ありますよね。そういったものもたくさん作品に登場させたいです。先程スマホの話も出ましたが、ガラケーどころか、PHSって一瞬あったよね?!みたいな。鉄道へのこだわりとの話とも被るんですが、この物語に登場するムーンライトえちごも、米坂線も「かつて」のものなんです。米坂線については、廃止ではなく、復旧が困難で今もまだ運休が続いているという状況です。さみしいのでなんとか復旧に至らないだろうかと願うばかりです。
今後の展望
執筆途中なので、引き続き懐かしいアイテムを思い出しながら当時を描いて行きたいと思います。もし、平成初期ってこんなものもあったよね、小学生の頃ってこんな生活だったよね、なんてエピソードお持ちの方がいらっしゃれば作者までご連絡いただけますと幸いです! また、現代の直哉たちは一体どんな大人になっているのか…そんなことも想像しながら読んでいただけましたら、きっと今後の展開をより楽しんでいただけるんじゃないかと思います。
prologue オレの記憶
本編
きっかけ
こんな頻度で実家に戻るようになったのは、四年前からだった。と言っても半年に一回とか、そんなもんだ。自宅からは電車で一時間もかからないけど、帰る理由も特にない。
実家に来れば、子供の頃使っていた部屋を少しずつ整理していた。
今回は、学習机のあたりに着手することにした。最も、上の棚はすでに母の本棚へと様変わりしているし、天板には食器類の入った段ボールが乗っていた。机を買ってもらったときにはキャラクターのマットを敷いていたけど、それももうない。そもそも自分がこの机を使っていたときでさえ最後まで敷いてなかったような気もする。
見つけた記憶の断片
だから、片付けるのは引き出しの中だけだった。 なんとなく2段目から開けてみると、中学時代に受けた模試の結果が、端がよれた状態で覆い被さっていた。 確かに、中学校の途中で机が窮屈になってきて、ここで勉強することもなくなっていったような覚えがあった。引き出しの中身は増やすことはあっても、減らす機会がなかった。
無造作に突っ込まれたプリント類をすべてめくると、平成の初期を覗き込んだようなものだった。 そこには、友達に返し忘れた漫画もゲームソフトもある。 それを取り出すと、下には、まだほとんど使っていなくて長いままの鉛筆が数本あった。転がしてバトルができるタイプのもので、せっかく買ってもらったのに学校で禁止されてしまったのだった。 まだまだ出てくる。今となっては何を開けられるんだかわからない鍵も。昭和と刻印された硬貨も。1番の宝物だったはずのレアカードやキラシールも。 中身を整理しやすいようにと引き出しを取り外すと、色褪せたくしゃくしゃの紙が奥に追いやられていた。
手書きの、落書きのような地図だ。
地図の中身
いくつも折り重なる山々。 川の外側にある2つの黒丸。 大きな木の横にある×印… そのひとつひとつに、なつかしい夏の匂いを覚える。
しかし、その匂いに浸る間もなくポケットからスマホを取り出すと、地図に大きく書かれたその「まち」の名を早速入力する。 地図アプリだけではなく、ブラウザもSNSも手当たり次第に検索してみる。 それでも、結局「まち」に関する情報は一切出てこなかった。
—約30年前にオレたちがたどり着いた「まち」は、確かに存在していたはずなのに。
第2話 作戦会議
帰宅
そのマンションにはオートロックがあり、しげちゃんが番号を押して「ただいま」と言った。「おかえりなさい、しげちゃん」と迎える声はとても穏やかで優しそうだった。 上から2番目の階で止まったエレベーターを降りて右に曲がり、5番目のドアを開くと、先ほどの優しそうな声の主が「えっ?!」と目をまんまるにした。「うちの子がお友達を…。」と驚いたそのままの目は潤んでいた。お昼には出前のお寿司を用意してくれた。
三人がお腹いっぱい食べても、まだお寿司は残っていた。 「全部食べたいのにもうこれ以上は無理そうだ。夜もこの続き食べたいくらいだよ。」直哉が満足そうに冗談を言うと「おうち持って帰る?リサちゃんも。」としげちゃんのお母さんは息子そっくりの目を細めた。
作戦会議
昼食が終わると、しげちゃんの部屋で作戦会議を始めた。その部屋には地球儀があったり、宇宙船の模型があったり。学習机の棚には各教科の名前が入った参考書や問題集がびっしり並んでいたが、敷いてあるキャラクターもののマットを見た直哉は「オレと同じの使ってるやつ見たのは初めてだよ!センスいいな!」と興奮気味だった。 子供部屋には珍しい大きさの本棚には、小さな文庫本から大きな図鑑までたくさんの本が並んでいて、リサは「ここだけ図書館みたいだね」と見上げた。 「そうかな」としげちゃんは笑みを浮かべながら、その本棚から本を取り出した。 表紙は電車の写真だった。後ろの方のページを開いて何かの文字を見つけると、ぶつぶつと数字をつぶやきながらページを次々とめくった。どうやらその数字は索引でわかったページ数のようだ。
「直哉、駅の名前聞き間違えてない?一文字違いの『玉川口』っていう駅があるみたいなんだけど。」 「そうかもしれない。ミチババア、すごい訛ってるじゃん。聞き取りにくくてさ。たぶんその駅だよ!」 「ミチババアの言ってたことは本当だったんだね。それで、その駅ってどこにあるの?」そう聞いたのはリサだったが、もはや直哉も含めた全員が疑いのほうに傾いてしまっていたので、その駅が実在しているというだけで前のめりになっていた。 「えーっと…そんなに遠いの!?」しげちゃんは驚いて少し後ろに引いたが、他二人はさらに前のめりになった。どこにあるのか、どのくらい遠いのかと質問攻めに合ってから、しげちゃんはやっと答えた。 「山形県にあるみたい。新潟との県境のあたりだよ。」
直哉は具体的な場所が理解できたわけではないが、その遠さを想像していた。 「山形って東北地方の…どれかだよな。」その様子を見て、しげちゃんは日本全体が入り切ったページを開き、山形を指差した。 「そこまで行くの、どのくらいお金かかるんだろう?」リサはワクワクする気持ちとの葛藤の末、結局は現実のほうを見た。 「計算してみようか。まずはルートを考えよう。」しげちゃんはまた別の本を持ってきて、開いたページには路線図が広がっていた。彼の独擅場だった。
「何でもできるんだな!」直哉はやっぱりしげちゃんをすごいと思ったが、何がどうすごいのかはわかっていなかったし、そこまで考えようという発想すらなかった。 しげちゃんの何がすごいかというところまで捉えようとしたのがリサだった。「交通費って計算できるものなの?」解決できないことがあったら、人に頼るしか術がないと考えていたリサは心底驚いた。今までどれほどのことを諦めてきただろう。彼女の人生では、頼る人がなければそれでおしまいだったのだ。
道のり
路線図を左手の指でなぞっていき、先ほど指が通り過ぎた駅名のうちのいくつかをノートに右手で書いた。 続いて、本の別のページを開くとノートのメモと見比べてから、そのメモの隣に数字を足していった。 直哉もリサもしげちゃんが何をしているのかよくはわからなかったけれど、そんな疑問も口にすることなく、その作業をじっと見つめていた。書かれた全ての数字は仕上げに筆算で合計が出された。 「子供は半額だから、往復で 円かな。」しげちゃんがその作業を終えると「たっか…。」「オレの貯金で足りるかな。」と反応はいまひとつ良くなかった。 それなのに、しげちゃんは嬉しそうだった。 「18きっぷで行こうか。」 何それと聞かれ、スラスラと答えた。「青春18きっぷ、JRが1日乗り放題になる切符なんだ。長い距離を安く移動する定番の手段だよ。」 しげちゃんに聞けばわからないことなんてないんじゃないかと、直哉もリサも思った。 「ただ、18きっぷにはいろんなルールがあって、新幹線も乗れないから今言ったルートではダメなんだ。」 そう話している途中でドアがノックされ、「少し出かけてくるからね。」と部屋の外から声がした。
帰宅したしげちゃんのお母さんは部屋にケーキを持ってきてくれた。 「あの、ごめんなさい。まだお腹いっぱいで。でも、せっかく用意してもらったから…」リサが言うと「こちらこそ、つい張り切ってしまってごめんなさいね。無理しないでまた後で食べてもいいし、おうちに持って帰ってもいいのよ。」しげちゃんのお母さんは微笑んだ。 リサは家に持ち帰りたい旨を伝えるとニコニコしながらお礼を言うのだが、なんだか直哉にはニヤリとしたように見えた。
男子2人はケーキを食べながら話を続けた。 しげちゃんはこの後塾に行くらしいので、解散になった。
第1話 冒険の仲間たち
過去編
─1997年
明日から夏休みが始まる
夏休みになれば何かとんでもないことが起こるんじゃないかとやけに高揚したものだが、何もないままに九月を迎えるのが恒例だった
でも、今年こそ何か違うような気がする。
毎日たくさんの教科書やノートを詰め込み、もう6年目の付き合いとなったボロボロの黒いランドセルの中も今日はほとんど空で、直哉はいつもより軽い足取りで学校へ向かっていた。
宝の地図
そんな直哉の足を止めた老婆の呼び名の由来については、「いつも"道"に突然現れるから」とか「“未知"のババアだから」だとか、それぞれが勝手なことを言っていた。だから、いろんな説があるけど、誰がいつどこでつけた名前なのかは誰も知らない
直哉の5歳上の兄が小学生のときにはすでに「ミチババア」の名が定着していたらしく、とにかく、このへんでは名物ババアとして長年にわたり名を馳せていた。
そのミチババアに「宝の地図」なんて称された黄ばんだボロの紙切れを渡された直哉は、すでに思考の主導権を冒険心に奪われている。
「汽車でタマガワグツって駅まで行っでな、ずーっと歩ぐんだよ。」ミチババアは地図に書かれた「サワネ」という場所へたどり着く方法についてを直哉に話し始めた。「んで、枝分がれしたツッチャイ道に入っでがらは険しぐなるから気ぃづげで、トンネルを2つ抜げで、橋を渡った先が、その『サワネ』だよ。
濁点が付けられたようなその独特な話し方は、鼻から声が出てるんじゃないかと思わせるものだった
直哉は何度も聞き返して得た「サワネ」に関しての情報を、モンスターによって大半が埋められた自由帳の空いたところに書いた
たまかわぐつ駅からずっと歩
つっちゃい道に入
トンネルを2つ通る、はしをわた
そのページを破ると、その裏にも何体かのモンスターが落書きしてあるのが透けて見えた
まるで冒険の書のようだった
直哉はそれから学校に着くまで、冒険の書に光に当てては、モンスターを出現させた。
学校で
しかし、宝の地図も冒険の書にも、何もピンとくるものはなかった。直哉は教室に入り自分の席に座ると、もう一度その黄ばんだ紙とまだ白い紙を見比べるのだが、もっとヒントが欲しかった
すると、前の席に男子児童が座った
―こいつだ。いつも本を読んだり勉強してる。こいつが冒険のヒントを教えてくるキャラクターなんだ。しかも、メガネだし
直哉はすでにRPGの主人公の気分だった。Aボタンを押す
「なあなあ!『タマガワグツ』って駅知ってる?」肩を数回叩きながら声をかけると、メガネの男子は一瞬ビクッとなりながら振り向いた
「な…何て駅?もう一回言ってもらえるかな。
メガネの奥にある目と視線が合った瞬間、直哉はその顔にあるメガネ以外のパーツを初めて認識した気がした。直哉がもう一度駅名を繰り返すと、メガネの男子はブツブツと話し始めた。「タマ…京王線乗って、少し西に行ったあたりかな。JR線でも小田急線でもそんな駅はなかったような気がするけど…。いや、モノレールかもしれないし。」直哉には話の内容はよくわからなかったけど、そのメガネの奥にあるであろう分厚い本のページをめくる音が聞こえた気がした。だからこっそりこう話した
「おまえにだから話すんだけど、その駅の近くに『サワネ』っていう場所があって、そこにどうやらお宝が眠ってるらしいんだ。オレとおまえだけの秘密だから、絶対誰にも話すなよ。」
友達
小学生とは言え、もう6年生だ。ちょっと思考が幼いんじゃないかと怪訝な表情もしながら、実はクラスメイトと初めて秘密を共有したことのほうが彼にとっては重要だった。「鈴木くん、僕秘密守るよ。
「鈴木じゃなくて直哉って呼べよ。」初めてできた友人から返ってきた言葉は、全く予想していないものだった。「うちの学年、鈴木っていっぱいいるじゃん?
思わぬ横槍が恥ずかしいような気がして俯いてしまい、だけど、メガネの奥にある目が細くなるのを、そして口角が上がってしまおうとするのをちょっとだけ我慢した
「そういえば、おまえは何て呼ばれてんの?」学校では授業中くらいしか名前を呼ばれることがなく、すぐには答えられなかったが、物心ついてからずっと呼び名があることに気付いて答えた。その後の会話で直哉が度々「しげちゃん」と呼びかけるので、どうしてもメガネの奥にある目は細くなり、そして口角は上がってしまうのだった。
「直哉が持ってるその…宝の地図?ずいぶん古いものだよね?手書きだ。
「ああ、ミチババアから渡されたものだからな。」直哉は誇らしげだった
「ミチババアって、あの、いつもこの辺うろうろしてるおばあさんのことだよね?」しげちゃんは、そんなのを信じるものかなと訝しげに確認した
「すごいババアのものだから、すごい古いに違いないぜ。」直哉の言葉は説得力のかけらもなかったが、しかし、そんなのはしげちゃんの調べたいという欲求を止められるほどのことではなかった。
「タマガワグツ駅は知らないんだけど、家で調べてみるよ。」どうやら、しげちゃんは電車が好きなようで、自宅にはそういう関連の本もたくさんあるらしい。「すげえ!オレもしげちゃん家、行ってもいい?」直哉は当然のように反応するが、しげちゃんにとっては新鮮だった。
チーム構成
「せっかく夏休みだしさ、サワネの場所がわかったら2人で行こうぜ!電車乗って冒険の旅に出るんだ!そう、家出計画をしよう!」と直哉が発した言葉の中で、二人は『電車』、『冒険』とそれぞれの興味に心を踊らせたが、しげちゃんも少し引っかかった『家出』と言うワードに惹かれた人物が隣の席から反応を返した。「さっきから面白そうな話してるじゃん。私も行くよ。」澄んだ綺麗な声だが、話し方はいたずらっぽい
「鈴木さん…」としげちゃんが怯えるような様子で直哉のほうに視線を逃がすと、「鈴木じゃなくてリサって呼べよ。」とリサ本人じゃなく直哉が言って、そしてこう続けた
「そんでさ、これは男の冒険なんだよ。おまえは関わらない方がいい。
先生が教室に入ると、終業式の行われる体育館に向かうために廊下に整列するよう呼びかけた。立ち上がると、リサは男子二人を見下ろした。と言っても、直哉よりほんの三センチ高いだけだったし、しげちゃんにいたってはリサのほうが二センチ低かった。それでも威圧的だった
リサは、とにかく強い。
腕相撲は誰もが勝てず、あまりにも周りが弱すぎるという理由で高学年になってからは闘いを申し入れなくなったようで、殿堂入りのチャンピオンと言われている
隣のクラスのいじめっ子をボコボコにしたこともあるし、さすがに嘘だと思うが、強すぎて父親を殺してしまったなんていう噂話まであった。
「しげちゃん、オレが勇者なら、おまえは賢者で、そうすると、もう一人闘えるようなやつがほしいと思わない?
しげちゃんはゾッとした。
廊下に向かいながら、直哉はリサに話しかけた
「なあリサ、オレら鈴木仲間じゃん?
よくある名字で仲間扱いされたリサは呆れ気味だったが、先ほどの話が気になった。「あのさ、なんで『家出』なの?
「母さんに宿題のこととかアイスは1日1本までとかいろいろ言われるの嫌だろ?
直哉の返答にさらに呆れたリサだったが、ニヤリとした
「やっぱり私も行くよ。直哉は子供だから保護者が必要でしょ?
直哉はいろいろ言いたいことはあったが、静かに移動するよう先生に促され、叶わなかった。
学校全体での終業式が終わると、大掃除をしたり、通知表なんかを受け取ったり、その後は先生から休み期間中の注意事項について―もちろん「子供だけで学区外に行かない」なんてことも含まれる―話があったりする。その日は半日ながら子供たちにはとても長く感じるものだった。
始まりの、始まり
各教室から帰りの会の挨拶が聞こえ始めると、靴箱のある玄関に向かう児童たちでしばらく階段も廊下もごった返した
直哉はいつもの友人たちに声をかけられると「今日は一緒に帰れないんだ!」と答えた。全員が不思議そうな顔をしたが、夏休み中に行われるプール授業の初回の日を確認すると「じゃあ、またそんときな!」と帰って行った
教室には直哉としげちゃんと、それからリサの三人が残った。
しげちゃんが5年以上通っている通学路も、この三人で歩くのは初めてだし、こんな日がくるとは思ってもなかった。リサのことは最初は警戒したが、徐々に、直哉よりもむしろリサの方が自分と近いものがあるんじゃないかとすら感じるようになった。直哉の通知表を見ると「こんなに『もう少し』だらけになる?全然少しじゃなくなってるじゃん。」と笑うので、意外と自分と同じような反応が少し親近感を持たせたのだ。
「あ、ミチババア。」学校を出てから最初の角を曲がり、数歩のところでリサが気付く
「なあ、この地図なんだけどさ…」直哉は駆け寄ると、今朝受け取った地図を元の持ち主に見せた
「なんだそのゴミ。汚ねえなぁ。」ミチババアはそう言うと近くの民家に入っていった。三人は無言ながらまた歩き出そうとするとババアの家族とすれ違い、行方を訪ねられたのでその家を指差すと慌てた様子でインターホンを押していた。
直哉でさえも、両手で広げたままのボロボロの落書きのほうに視線をやると、意識はしなかったが、眉間にシワが寄っていた
「真相はわからないけど、うちに行こうか。」意外にも沈黙をやぶったのはしげちゃんだった。