第2話 人生の選択
人生の選択
「人生の選択…?」
「はい。あなたには選択肢が2つありますので、説明します。説明が終了次第、こちらの空間の閉鎖処理をします。」
「閉鎖処理?この空間も一応オレの人生だよな?案内人さんが操れるのか?」
「ええ、私はここの管理者ですので。この空間自体もそうですし、この空間の中にあるものも自在に操ることができます。そして先程説明した通り、あなたの人生を一度切ってから私が開いて差し込んだ空間になりますので、あなたの人生の一部分というわけではありません。ですので、あなたの人生についてはあなたに選択権があり、私が勝手に操ることはできません。」案内人は、大樹が様々な考えを巡らせるような眼差しをしているのを確認してから話を続けた。「それでは、人生の選択の説明に入ります。」
1つ目の選択肢
「まず1つ目の選択肢は“新たなリグレットゲージ”。」案内人はリグレットゲージを持った右手と反対側の手をマントから出し、人差し指を立てた。「あなたは新しいリグレットゲージを与えられ、人生の続きを行く。こちらを選択した場合には、この空間の閉鎖処理に加えてきちんと続きの人生の縫合をしますのでご安心ください。」
大樹はゾッとしたが、それ以上に恐ろしく感じていることがあった。
「ところで、この、今まで使ってた古い方のリグレットゲージは?」大樹は先程の、生々しいまでの“リグレット”が恐ろしく、後悔の詰まったリグレットゲージなんてあまり持ちたくなかった。
「こちらのリグレットゲージもお持ちいただきます。こちらには大切なものが詰まっていますので。」
大樹の顔は引きつった。
「なお、新しいリグレットゲージがまた上限に達した場合には、今回と同様に再び人生の選択が与えられますが、そのゲージの大きさを知ることはできません。小さな後悔ですぐに上限に達し、また人生を選択することができるかもしれませんが、逆に、大きな後悔をいくつしても上限にならず、そのまま寿命を迎える可能性もあります。ここまでの説明は理解できましたか?」
「まあ、つまり昨日までと変わりなく生きていくってことだな。でも、この先はリグレットゲージがどのくらい溜まってるのか確認しながら人生を送れるのか?」
「リグレットゲージは誰もが持っていますが、通常は目視できないものですので、ゲージを確認することは不可能となります。1つ目の選択肢の説明は以上になります。」
2つ目の選択肢
「そして2つ目は、“リグレットゲージの逆回転”です。」次は人差し指に加えて中指も立てた。
「逆回転…?この、時計みたいになってるとこを反時計回りに操作するってこと?後悔をやり直せるとか?」
「まさに、お察しの通りです。リグレットゲージの針部分は人生の時間を刻んでいます。リグレットゲージの針を逆回転させて戻し、その位置から人生をやり直すことができます。逆回転を選択した際は、リグレットゲージは今まで使用していたものを再びお持ちいただくのでゲージ容量も現在と同様になります。逆回転とともにリグレットは減っていき、針が0の位置になるとき、ゲージはエンプティ(空の状態)になっています。」
「リグレットがなくなるのか?そうすると、オレの後悔はなくなるんだな?」
「リグレットは出来事ですので、その出来事自体はなくなります。しかし、記憶はあなたの中にあるものです。記憶は後悔だけではありません。嬉しかったこと、怒り、悲しみ、楽しさも。あなたが抱えている、すべての記憶を持ったまま人生をやり直すことができます。」
「なるほど、それはいいな!」大樹はこちらの選択肢だな、と思った。
「なお、逆回転を選択するとリグレットゲージの針が0の位置まで戻っていきます。人生の最初、つまりあなたが生まれるところまで戻るのです。」
「生まれるところ?!」大樹は口をあんぐりした。「途中まで戻すとかはできないの?できれば、昨日の…会社で電話に出るところまで戻って、早く家にかえって娘と一緒にケーキを食べられるようにしたいんだけど…。娘には寝ているときだって笑顔でいてほしい。次の日、起きたら妻と3人で手を繋いで入学式に行きたいんだ。」
「…逆回転は針が0の位置になるまで止められません。しかし、記憶が保たれているので、あなたが言った通り“会社で電話に出る”というところまで来たときに、また同じ言動をしなければいいのです。」
「30数年をもう一度やるって…それはちょっと考えられないな。」大樹は地面のほうに目をやった。と言っても、この空間に地面など存在しないのだが。
終わり
「それでは、私からの説明は以上で全てになりますので、こちらの空間の閉鎖処理を開始します。」案内人が両手でリグレットゲージのチェーン部分を持つとマントが少し揺れ、かすかに何かの花の香りがした。こんな無機質な格好をしながら香水を付けているのだろうか。
そう思っていると、案内人の両手からリグレットゲージが突然消えて、その瞬間に大樹の首から下がっていた。同時に、今まで無限に広がっていたはずの空間の、終わりの部分が見えた。
「閉鎖処理が完全に終わりますと、あなたの人生はこちらで終了し、どちらの選択もできなくなります。」
「えっ?!人生が終わる…?」
終わりは、大樹のほうへ向かって少しずつ、少しずつ近づく。
「それでは、素晴らしい人生の選択を——」