第3話 決意
決意
「そんな、すぐに決めろだなんて…。」
こうして悩む間にも、かつては無限に感じたはずの空間の終わりが間近に迫ってきていた。
人生の終わりはあまりにも速いスピードでやってくる。
「閉鎖まではあとどのくらいなんだ?」
「閉鎖処理は開始から完了まで3分です。現在、1分を経過したところです。」
提示された時間はあまりにも短く、余計に焦った大樹は考えることもできずに混乱していた。
「緊張してますか?」案内人の言葉は、究極の選択肢を与えられた人間には、まるでからかっているかのように思えた。「そんなに考え込まなくていいんですよ。」
大樹は思わず鼻からフンっと息をこぼすと、それが深呼吸の代わりにでもなったのか、少し冷静になれた。
大樹に与えられた選択肢は2つ。
1つ目、人生を続ける「新たなリグレットゲージ」。今までと何も変わらない、後悔のある人生を続けることになる。
2つ目、人生をやり直す「リグレットゲージの逆回転」。生まれたばかりの0歳からまたすべてをやらなければならないが、後悔を改められるかもしれない。
「処理完了まで残り10秒…9…」カウントダウンを始めた案内人は、その途中で空間の外に飲み込まれるように姿が見えなくなっていき、声も聞こえなくなった。
しかし依然として空間の終わりは大樹に向かい続ける。
「決めた!」もうほとんど広さのない、静まったその空間に大樹の声が響き渡る。「オレは後悔ばかりの人生をやり直す。選ぶのは“逆回転”だ!」
人生の逆回転
空間の終わりが動きを止める代わりに、リグレットゲージの針は反時計回りにゆっくりと動き始め、加速する。
大樹は首にかかっている、その懐中時計のようなものを手に取り、裏の蓋を開けてみた。中でキラキラと輝く、その不思議な液体を揺らすと、やはりいろんな色が見えるのだが、もう容量の半分くらいになって、少しずつ減り続けている。さっきはあんなに恐ろしかったリグレットが、嵩が減るたびになんだかさみしいような気持ちもあった。
リグレットがほとんどなくなってきて、再び表の面に戻して針の位置を確認すると、減速しながらカチッと0の位置に止まった。
その瞬間、大樹の記憶は一旦なくなった。
いや、ぼんやり思い出したり忘れたりを繰り返しているような感覚に近かった。
前回の記憶
だんだんと起こった出来事を言葉にできるようになる喜びを覚え、そうする度に少しずつ記憶が増えていった。この人生での最初の記憶は3歳くらいだ。
それとこの頃「ボクのだけど、“ボクじゃない記憶”がある」と、幼い大樹は不思議に思っていた。
あとは、近所に住んでいる翔といっしょに遊ぶのがすごく楽しい。
ある日、翔の家で遊んでいると、2人は喧嘩になった。発端は、茶色いクマのぬいぐるみの取り合いだった。ちなみに、2人の母親たちは、お茶やお菓子をつまみながら話し込んでいて、子どもたちがじゃれ合ってるようにしか見ていなかった。
やがてぬいぐるみの腕を持った引っ張り合いになるかというところで、大樹は「しょうくん、どうぞ。」と突然ぬいぐるみを差し出したのだった。
翔がギュッとクマを抱きしめるのを大樹はじっと見つめた。
母親たちもいつの間にか駆け寄ってきていた。「“どうぞ”したの?よくできたね。」
「これで良かったんだ…」と3歳児ならぬ口調で呟いたかと思いきや、泣き出してしまった小さな大樹を、母は笑いながら抱きしめた。
大樹は、“ボクじゃない記憶”を度々思い出していた。
このときも、翔と喧嘩を続けていれば、クマのぬいぐるみの腕がちぎれてしまって、翔に嫌いだと言われてしまうし、母からは怒られる。
まあ翔の“嫌い”に関しては一時的なもので、機嫌が良くなれば何事もなかったように「ずっとお友達だよ」とまた言ってくれることも思い出してはいるのだが、一番嫌だなと思ったのは“翔のお母さんに対して、たくさん「ごめんなさい」をして、困っているような母の姿を見なくちゃいけなくなる”という記憶で、咄嗟に翔にぬいぐるみを譲った。
人生のやり直し
大樹は幼稚園に入園してからも、この“ボクじゃない記憶”に度々動かされていたが、6歳ごろにはこれが“前回の人生での記憶”であることが理解でき、「今回の人生では絶対に後悔なんてしないんだ」と、その決意を新たにしていた。
同時に、首にかけているはずだが見えないリグレットゲージのことにも思いを巡らせていた。前回の人生での6歳児の頃よりも首元が軽いような感じがして、なんだかしっくりこない感覚だった。
もちろん、6歳時点での首元の感覚なんて覚えているわけがないから、気のせいとは思いつつも——。